幸日記

山県市から不要品処分の依頼を受けました②

整理品の中には大きさのロッカーも

ご自宅に到着し、今回の不要品を見てみると、大きな金属製のロッカーがありました
高さが約180cm、横幅が100cmほどのよく更衣室にあるようなロッカーです

中身があったため、事務所で整理作業をし、後日、整理後に戻すことを伝え、積載します
ロッカーの大きさが心配でしたが、あおりの板が入ってぴったりのサイズでお家の方と一安心  

幸の生前、遺品整理は細かく誠実に行います

幸の生前、遺品整理は基本的にはご自宅で行いますが、ほとんどの場合はかなりの量が出ます

ご自宅での作業が困難な場合は一旦事務所に持ち帰り、明らかな処分品と明らかに残す物、確認する物の3つに分けて、ご家族様、ご遺族様に見ていただき、廃棄するものであれば、お客様の地域の、一般廃棄物収集運搬業者様に協力をいただき、運搬、処分をして頂きます

懐かしの場所と釣り場

前回の記事にも書きましたが、私は学生時代、山県市高富で過ごしました その頃はまだ山県郡でした 小学校の頃によく通った釣り場がまだ残っているかを見てきました 前回の記事の
【ただ、子供の頃、役場と福祉センターの間で2股に分かれる橋の下に三角になった降りられる場所があるのですが、よくそこに降りて鯉鮒を釣っていたことを思い出しました その場所はまだあり、なんとなく10分ほど眺めていました】
の部分です

場所は、石田川と鳥羽川の合流地点です
子供の頃から変わっておらず、相変わらず草ボウボウですが、場所は残っていました
その頃の実家から自転車で10分、小さい体で釣り道具を持って一生懸命降りて、オランダ仕掛けでハヤを釣っていました
こんな堰は無かったのですができたんですね
私的には必要ないと思っています
ここに座布団を置いて座っていたのを思い出しました


この釣り場から見える丘上の大きな建物は福祉センターでした
今は高富中央公民館になっているそうですね
私は国防勤務のため出られませんでしたが、成人式もここで行われました

石田川を見てみよう

私には高富を流れる石田川にちょっとした思い出があります
それは、石田川に昔、堰があり、忘れもしない6月、小雨が降る中、自宅へ戻る途中で石田川を見た時に、堰を隊長30~50cmほどの魚が一生懸命上っては落ち、また上っては落ちを繰り返していました
子供心に、「鮭の遡上だ!!」と思ってイクラが食べられるんじゃないかとわくわくしていた思い出がありますが、今思うと鮭ではない・・・いったい何だったんだろう???
わかる方がいたら教えて下さい
下あごが出ていたような気がします

そんな思い出を思い出しながらあの頃見た景色と同じ場所へ行きました
すると、堰は綺麗さっぱり無くなっていました
なんの加減で堰を作ったり摂ったりするのかわかりませんが、思い出としては残してほしかったw
上で言ってることと真逆でスミマセンw

しかし、新たな獲物がすぐに見つかりました
スッポンです
日照りも弱く、甲羅干しにはちょうど良かったのでしょうか?
近づいても逃げません

よく石田川に裸足で入って遊んでいましたが、スッポンには出くわしたことがありませんでしたが、今の時期、冬眠から覚めて活動している時期なので脂ものってないし、美味しくありません
捕るなら秋~冬の冬眠前ですな

まだまだ石田川も天然がいるということを知って嬉しくなりました

山県市のお客さまとご縁があったため、こんな懐かしい思いがたくさんできて本当にありがたく思います

また、不要品処分、別のご依頼でもご縁があるといいな~と思っております

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